「風立ちぬ」が宮崎駿の私小説だった件

まあ零戦の設計者である堀越二郎という人物が主人公ということで、もちろん宮崎監督自身が出てくるわけじゃないんだけど、主人公に共感し自身を重ねていることが端々にうかがえるという意味において。
例えば、何度か繰り返される「飛行機が兵器となるのは分かっているけど、美しいものを作りたいだけなんだ」という意味のセリフ。ミリタリーマニアでありながら平和を訴える監督自身の姿勢が反映されているようでしたよ。また、震災や不況近づく戦争の気配といった現在にも似た状況で、主人公がひたすら飛行機の設計に没頭するあたりもしかりで、ひたすらアニメを作り続けてきた監督の姿が重なって見えました。主人公が会ったこともない異国の設計者と夢の中で語り合うくだりは、監督が「雪の女王」や「やぶにらみの暴君」に感銘を受けたことを反映しているんでしょうか。
まあ共感して自分を重ねるのはいいんですけどね。飛行機を設計する覚悟を決めた結果が語られるだけで、そこに至るまでの葛藤が描かれるわけじゃないのでドラマ性に乏しかった印象。震災や戦争の気配といった時代、そして病身の恋人でさえ、飛行機作りにすべてをかける主人公の脇をただ通り過ぎていく背景のようで不気味な感じすら受けました。
老境を迎えた宮崎監督が自身を振り返り、堀越二郎という人物に重ねた結果がこれで、そういう意味では作家性が強く出ているのかもしれませんが、娯楽性を犠牲にしてまでそういうものを見せられてもなぁという。
庵野秀明が担当した主人公の声はCMで何度か聞いていたけど、やっぱり年齢不詳な印象。宮崎監督が特番で「主人公は戦前のインテリで、彼らは何を考えてるのかよく分からないしゃべり方をしていた」みたいなことを言っていたので、狙い通りなんだと思いますが、この映画の不気味さにも一役買っている感じ。
自身から逃げ惑う人々や街の喧噪といった、何十人もの人々が動き回る画面は見応えがあり。今時、この密度の作画を手描きで見せてくれるはジブリ作品くらいなもんだろうなと。主人公とヒロインが逢瀬を重ねる場面での漫画映画的な動きは、淡々とした雰囲気の作品の方向性からちょっと浮いているように思いました。