らき☆すた 第24話「未定」

いつものように細切れにネタを流す作りではなく、原作者本人による脚本で文化祭の準備をする様子を一話通して見せるという最終回仕様。卒業ではなく文化祭だったり、チアリーディングも練習を見せて、いざ本番というところで切るあたりが、モラトリアムなこのアニメらしい最終回だったように思いましたよ。最後にOPに繋げる作りは、あざといんだけれども新規の作画も加えて、登場人物たちがみんなで作るという作中のダンスとして見せるのは、それなりにまとまった感じを与えていたんじゃないでしょうかね。らっきー☆ちゃんねるとのコラボは正直苦しかったですが。
追記:最近は音消してるから気付かなかったけどEDの歌が「愛はブーメラン」だったそうで。文化祭で締めたことや終わらない日常を扱う作品としてのオマージュのような気もするけれど、本編が空想の日常について特に言及することなく終わったり、声優が実写でふざけ半分に歌って(いるように見え)たりするあたり、いろいろ含んでいるものがあるような気も。

・まとめ
シリーズを通して、これといった山場もなく常に一定のテンションで話を進めた作りが印象的。母親降臨みたいな話でも、保たれていたのは徹底していたけれども、それが面白かったかと考えるとどうにも判断に苦しむというか。ネタをひたすら並置するだけで2クールやり遂げるのも同様で、登場人物たちが同じことを繰り返し続けるので正直退屈に感じられることもありました。ある人物の回想を別の人物の回想と繋げたり、ある出来事を複数の人物の視点から見せたりと、見せ方を工夫している様子もありましたが、それでネタの中身が変わるわけでもなく。
複雑なストーリーや鬱な話がないので気軽に見れるのはいいんだけれど、2クール付き合って残るものが、あるあるネタに対する表面的な共感だけというのも寂しい感じ。こなたの見た目は女子高生なのに中身がオッサンなオタクというキャラに、もっとなじむことが出来たらまた違った感想を持っていたのかもしれませんが。作画が終始安定していたのはさすがといったところだけれど、それがシリーズを通してのメリハリのなさを生む一因のような気もしてしまいましたよ。

瀬戸の花嫁 第24話「さらば友よ」

三河海の当番回。誤解を重ねて不治の病を患っていることになって大騒ぎという、よくある話だったりするわけですが、途中まで恥ずかしくてオデキが出来たことを人に言えないという話だったのに、いつの間にやら本人まで自分自身を誤解して騒ぎが大きくなるという。口止めされていた病気のことを速攻で周囲にばらしたり、事態を飲み込めない三河に不治の病であることを信じ込ませて話の流れを捻じ曲げたりするサルがいい仕事で、三河を持ち上げるクラスメイトや先生の豹変ぶりから、街の人々まで彼をあがめはじめるがバカバカしくてよかったですよ。途中で挿入される黄色いTシャツを着る番組のパロディもよく出来ていて、押し売りっぽい感じや画面の端でマラソンの中継をしていたりする作り込みには笑いました。
永澄との決闘の締めは、そこに至るまでの過程がすべて誤解に基づいていることを忘れてしまうかのようないい話で、シリーズの終盤を迎えて、燦を巡る二人の確執に一応の決着をつけるものとなっておりました。あと尻というあだ名が秀逸。

さよなら絶望先生 第11話「あれ不可よ原作があるじゃないかね」

原作つきのアニメで「原作通り」を揶揄するネタを持ってくるのが挑戦的。出来によほど自信があるのかそれとも玉砕覚悟なのか分かりませんが、とりあえず今回までを見る限りでは、このアニメのスタッフは「原作通り」を言い訳にする必要はないように思いましたよ。作中では映画の監督をはじめ作る側の人間が言い訳として使っていましたが、最近のネット上では、ファンが擁護のために使う場面を見かけるような気も。後半の練炭ネタはモノが出てきた瞬間にオチが分かるんだけれど、登場人物たちがギリギリの瞬間まで気付かないというコテコテなボケが面白く。
最後に先生が重傷を負うという展開は衝撃的。ことあるごとに死を口にしながらとっさに出てくる言葉が「死んだらどうする」だったりして、今回も通り魔や練炭で危ないところまで行ってるのに、場面が変わるとぴんぴんしてたりする作品で、こういうのを引きを持って来るのには逆に驚かされました。